それによって記述は個性的になるが、同時に偏りもおこる。
いかなる歴史家も自分の先入観(これも歴史観)によって偏った見方をするが、その偏りやゆがみは、対象の事物についての定義や法則の知識(これも歴史観)に照らして修正できる。
歴史家に主観的な見方をさせるのも歴史観だが、それを客観的にするのも歴史観である。
しかしそれぞれの歴史家がもっている人間観、社会観、国家観、道徳観、宗教観、文化観、世界観などの違いからくる史実の解釈の相違は、容易に一致させることができない。
歴史家が自己の立場から事実をどう解釈するかは自由であって、その解釈が史料によって実証され、論理的に整合する限り真である。
歴史の真実はただ一つではない。
admin 歴史・哲学・生活
その内容は哲学と同じように多様であるといわざるをえない。
古くはアウグスティヌスの『神の国』(5世紀初め)から始まるとみなされても、歴史哲学ということばが18世紀なかばボルテールの『一般歴考』(1756)で初めて用いられたといわれるように、近代的な意味での歴史哲学はやはり18世紀後半以降のものであろう。
歴史哲学は普通大別して、(1)歴史形而上(けいじじょう)学、思弁的歴史哲学、実質的歴史哲学などとよばれるものと、(2)歴史方法論、歴史論理学、形式的歴史哲学、歴史認識論などとよばれるものに分けられる。
前者は、歴史の存在面というか、歴史のできごとや過程、その意味や価値に対して、後者は、歴史の認識面というか、歴史学のあり方とか歴史的説明の論理などをめぐって、哲学的反省を深めようとするものである。
第1種の歴史哲学は、18世紀にはボルテール、チュルゴー、コンドルセなど啓蒙(けいもう)思想の系譜において進歩史観として打ち出され、カント以後いわゆるドイツ観念論のうちに深められて、ヘーゲルという最大の思弁的歴史哲学を生み出すに至る。
この系統とは別に、18世紀初めにビコがあり、ヘルダーに至る道も忘れてはならない。
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